子供たちの落ち着きのなさをどのように理解するか? 今日の理解と治療の中心的な見方である生物心理社会的モデルとADHD[という診断]への批判
DOI:
https://doi.org/10.15845/voices.v14i1.741キーワード:
ADHD, restlessness, subjectivity要旨
子どもたちの落ち着きのなさは、周囲の大人たちによってどのように理解され、対処されているだろうか?本論ではふたつのアプローチの概略が述べられる。一つは生物医学的、後の生物心理社会的なモデルであり、もう一つはフーコーの歴史的存在論の概念にさかのぼることができる考え方である。生物心理社会的モデルとADHD[という診断]は、落ち着きのない子供たちを説明し、理解し、対処する際の今日の中心的な見方である。この考え方では、問題の根本に病理学と生物学への焦点化が置かれ、周囲の大人たちは中立的観察者及び援助者と位置づけられる。それに反して歴史的存在論は、子どもたちの行動を判定し「援助する」中で子どもたちの真理に関する見解を創造する際に私たちが主体としての能動的役割を持っていることを指摘し、生物心理社会的アプローチの中立性と妥当性に問いを投げかける。一方のアプローチが他よりも優れているということを主張するのではなく、むしろ二つの考え方が異なる段階の分析をもたらすと見なし、それらに付随する可能性と限界に気づくことが有益であろう。
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出版済
2014-01-18
How to Cite
Helle-Valle, A. (2014). 子供たちの落ち着きのなさをどのように理解するか? 今日の理解と治療の中心的な見方である生物心理社会的モデルとADHD[という診断]への批判. Voices: A World Forum for Music Therapy, 14(1). https://doi.org/10.15845/voices.v14i1.741
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