日本の音楽療法の現況
1. 戦後の日本の音楽療法発展の歴史
第二次世界大戦後の数十年間、音楽療法は、周辺領域のごく限られた先駆的専門家によって開拓されていた。1955年頃から音楽大学のカリキュラムに音楽心理学が導入されるようになり、音楽療法の概念はその応用領域のひとつとして教えられていた。音楽療法にとくに興味を持った教師や学生が地域で研究グループを形成するようになり、ボランティアの形で音楽療法を実践する場を模索し始めた。
1967-1977年にかけて、加賀谷哲郎、山松質文、櫻林仁、松井紀和といったリーダー的存在の研究者が相次いで研究組織を設立しており、その下で今日の指導的立場にある多くの音楽療法士が育まれた。また、1969年にジュリエット・アルヴァン、1984年にクライブ&キャロル・ロビンズが来日し、大きな影響を与えた。1987年には、「音楽療法を実践している専門家」を対象とした東京音楽療法協会が村井靖児によって設立された。
1990年代は、独学や留学で研鑽を積み、現場で音楽療法を実践する専門家がその数を増やしていった。一般社会や関連職の中でも音楽療法に対する関心が飛躍的に高まった。
1995年、全国各地に散在していた小さな音楽療法団体を結び付けるために日本音楽療法連盟(JFMT)が設立され、資格認定を開始した。(これは国家資格ではなく、また健康保険を適用できるものではない)。
2001年にJFMTは日本音楽療法学会(JMTA)として再組織され、全国大会や講座の開催、学会誌の発行、音楽療法士資格の認定や更新、そして、さらに制度化された資格の可能性の探究などを行っている。2004年末現在、約6200名の会員を擁する。
2. 教育/訓練制度
現在、日本音楽療法学会が認定した音楽療法士は943名である。資格を取得するためには、以下の二つの方法があり、2003年度には322名が応募して174名が認定されている。
- 学会が主催する、あるいは関連団体が主催する学会認定の講座などで勉強してポイントを積み重ね、規定の実践経験を経て書類審査に応募し、さらに面接試験を経て認定される。(海外の音楽療法コースを修了している場合、書類審査において多くはその内容が認められ、日本での実践経験と面接を経て認定される。)
- 学会認定校(2004年現在19校)で音楽療法コースを修了した後「音楽療法士補」の試験を受け、さらに規定の実践経験を積んだ後、面接試験を経て認定される。 また、地方自治体などで独自の音楽療法士訓練システムを持ち、独自の資格で認定しているケースもある。いずれにせよ、日本の現場で仕事をするのにこうした資格が絶対的に要求されるということでは必ずしもなく、独自に雇用関係を持っている者もある。
3.主な対象者/診断名と音楽療法が行われている場所
- 発達障害児(知的障害、自閉症、脳性マヒなど):
福祉センターや療育センター、自主グループ、対象者/療法士の自宅など - 発達障害者(知的障害、自閉症、脳性マヒなど):
福祉センター、授産施設(作業所)、入居施設など - 高齢者(アルツハイマー症、脳血管性障害、予防的活動など):
高齢者居住施設、デイケア、グループホーム、病院など - 精神障害者(統合失調症、うつなど):
病院、デイケアなど - ターミナルケア患者: ホスピス、ターミナルケア病棟など
その他、脳障害、心身症、ひきこもり、不登校などの実践報告もある。
4. 日本の音楽療法のアプローチや性質について
現在、日本の音楽療法士の現場は、音楽療法が専門的に理解された上で導入されている場合と、「音楽レクリエーション」的な枠付けで行われている場合とを両極として、たくさんの中間的実践があると言えよう。後者の場合は対象者人数が多い上固定メンバーでないなど、「療法」と定義できないこともしばしばであるが、そういった実践を重ね、年数をかけてより対象者のニーズに的をしぼった療法が育つケースも見逃せない。
実践の背景となっているのは、主に発達理論、特殊教育、人間性心理学、行動主義心理学、老年学、グループダイナミクス、リハビリテーションなどであり、さらにノードフ・ロビンズなど海外の音楽療法理論から直接的な影響を受けていることもある。しかしいずれにせよその理論の専門的に熟知し、包括的に活用しているケースは多くないと言えよう。療法士の経験に基づく独自の実践理論を展開していることもある。 リサーチは、EBMに基づいた科学研究と記述式の症例研究の両方が行われている。