Vol 4(1), March 1, 2004
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引きこもる青少年とうたことば

渡辺　健

－はじめに－

「引きこもる」という言葉は、「家にこもる」などの物理的境界と、「気が引ける」など心理的境界を連想させる。筆者は「はなしことば」から引くという仮定から、引きこもる青少年への訪問による音楽療法を開始して１０年を迎えた。しかし、固定化した「場」にいる彼らにとって、「引きこもり」という言葉さえ拒否されることが、日常の臨床では起きている。一人になると「出ろ！」・「開けろ！」・「話せ！」という言葉が投げ掛けられやすく、沈黙することは居心地悪い体験となり、努力して出掛けたり、語り出そうとする。しかし、「明るく元気で悩まない引きこもりになってしまった。」とある種の帰属への強迫性を訴えるクライエントも少なくない。「話すのがつらかった」・「語れば傷付いた」と溢す彼らは「あえてしゃべらなくなったのです。」と振り返る。

　本稿では、対人関係に疎通性を残しながらも、行き交う人々の流れを窓越しに見つめ、一人自室で画集をのぞき音楽に癒しを求めた青年と、「語る苦しさ」を味わいつつも「察する可能性」を模索し続けた記録から、「うたことばに見付けた、はなしことばへの出口」という視点から報告したい。

－事例－

２５才　男性 （Ｙさん）

Ｙさんは高校卒業よりアルバイトを始めるが、定職には就かずコンビニエンス・ストアで少々働いた。同級生に会うのがつらくなり、家にいる時間が次第に増えていく。テレビを見入ることはあまりなく、画集を買いに時々出掛けた。家族との間に会話は少なく妹が身近な存在であった。読書は哲学・宗教から美術論・文化論にまで及び、画集の作者に刺激を受け、写真に興味を覚えると外出のきっかけとした。愛犬との散歩は欠かさず、風景を切り取る日々が続いた。夕焼けを撮るのが日課となり、その後数百枚となった。食事は父親が料理好きなことから、早朝、作り置いたものを温めた。特に家族との間にはげしいやりとりもなく、気付けば家事を手伝った。しかし、母と妹が「このままでいいのだろうか？」と来談し、家族面接を経て訪問が決定された。母親との間で「立場をはっきりさせると本人が不安になるかもしれない。」という結論から、初回の訪問ではあえて、「療法・治療という概念について本人には無理強いしないこと。」を母親と約束した。筆者はＹさんが同世代からの置き去り感を抱えていることに配慮し、Ｙさんを同一時代につなぐ文化として音楽療法を導入することを試みた。

初回、駅から１５分程歩くと周囲には学校が立ち並び、学生街を通り抜けると一角に自宅があった。筆者は「こんにちは」と告げるがＹさんから返事はなく、居間の奥手に座る姿が見えた。もう一度、声をかけるが反応はなく、筆者はテーブルの手前に腰をおろした。テレビの前に座るＹさんは終始うつむきがちで、「話しづらさ」や「堅苦しさ」を覚えた。ソファに目をやると、様々な画集がちりばめられていた。画集に目を移すと、Ｙさんも筆者に視線を移した。筆者はＹさんの言葉にする苦しさを察し、直接言葉を投げ掛けるのではなく、つぶやくように小声でしゃべることにした。「・・・うん、いいな、色があざやかだ、この作家、テレビにもよく出てる・・・。」・「へえ、これ、いわゆるコラージュってやつだ、なかなか面白い。」・「女性の描き方と男性の描き方は違うようだ・・・。」しばらく沈黙とささやくような時間が流れた。

２回目も語らなくてもいっしょに居られるように、静かに空間を共有することを目指した。一言もしゃべらないのは窮屈な空間を構成し続けたが、結局１時間互いに何もしゃべらず、訪問は終了した。３回目の訪問では雪となり、筆者のくつは濡れていた。くつしたを玄関で脱ぐとＹさんはストーブを左手から筆者の前に押し出した。筆者が「ありがとう」と思わず言うと、ストーブの火力を上げてくれた。少々「堅苦しさ」の緩和される瞬間だった。筆者がべートーベンの「交響曲第７番」のテープをテーブルに差し出すと、ぎこちなくデッキに入れてくれた。Ｙさんは第２楽章の陰鬱なメロディーでは姿勢をかえ、音のする方向を見入った。筆者が「苦しい時は苦しい曲もいいね。」とつぶやくと、視線を筆者に向けた。曲が終了すると、突然Ｙ君は台所へ移動した。親が作り置いたらしい「やきそば」を電子レンジで温めると、テーブルの片隅に差し出した。

４回目では犬が泣き、戸を開くとＹさんは玄関まで迎えに出て来た。しかしＹさんに声はなく、居間に戻ると赤い表紙の本をめくり出した。まだまだ話し出すという雰囲気にはなく、筆者も再びソファにちらばる画集に目をやった。４回目の訪問後、筆者は母親とそれまでの状況について話し合った。

５回目の訪問では「よく二階で音楽を聴いている。」ということから、デジタル・ドラムを持参した。「これがサンバ、これがユーロ・ビート、これがラップ、ラップって面白いね、話しなのか、歌なのか、節を付けると話し出しやすいってことか？」とリズムに合わせてつぶやき出すと、Ｙさんは「はあ？・・・。」と初めて小声で疑問符をうった。

６回目から８回目は静寂な時間が過ぎた。

９回目筆者はソファにあった書物を借りた。

１０回目、借りた本をテーブルに返すと、筆者は一人言のように話し始めた。「感想について述べるのは不適切かもしれませんが、私はこの本に書いてあるように特別な場所にこもる修行法については否定的です。私は借りてきた他の人の考え方や方法ではなく、今ここにあって、いつどこに居ても、自分の心の中に自分の考え方、つまりものさしを持っていたい。」とつぶやいた。するとＹさんは、「はあ？、いや、どうして？」と語気を強め、声を投げかけてきた。

１１回目は「心のものさしについて、他の人ともやり取りしてみたい。」ということから、Ｙさんは母に伴われ来談にいたった。

来談すると引きこもる青少年のグループに参加したが、年少者が多く話題に戸惑っていた。しかし、同世代のスタッフが映画・ファッション・音楽など流行について話しかけると、小声で「知ってる、知ってる。」と返すのだった。このスタッフがサ－クルなどの「お知らせ」について、ワープロ打ちを依頼すると、恐る恐る画面を通して会話が進んでいった。参加者がそれぞれの世界を共有しようと、「文集作り」が始まると「かきことば」に勤しむのだった。筆者が構成する引きこもる青少年の音楽グループ「音楽サ－クル」にも時々顔を見せ、「うた」にまつわる会話が生まれた。「カラオケ」には当初躊躇したが、スタッフに勧められると口ずさむようになった。好んでいたのはミスターチルドレンの「イノセントワールド」だった。キーは合わなかったが必死にうたい方をまね、声を振り絞っていた。筆者が「アクロス・ザ・ユニバース」（ビートルズ）をうたうと、いっしょにくちずさみ、年少者にも馴染んでいった。そしてＹさんを中心にこのグループから「引きこもり」をめぐり、二つの「うた」が生まれた（資料）。

－考察－

引きこもる青少年には次のような特徴がみられる（表と図）。引きこもる青少年の多くは自分自身に「みじめ」・「みっともない」・「ふがいない」という意味づけを行なっている。新たな意味を生み出すセラピストの「はなし」や「ことば」は、クライエントの「気持ちを括れない」・「今までを片付けられない」・「はっきりできない」気持ちを刺激してしまいがちである。そこでＹさんには筆者が目の前でつぶやき、ことばを流すことや、ささやくように声を浮かせることを試みた。デジタル・ドラムのリズム（節）の登場は緊迫した二人の間に「伝える遊び」を介在させ、堅苦しさを緩和することに役立った。置き去り感に戸惑っていたＹさんにとって、不安なく声を出し、「はなしことば」を発する機会は一日に極めて少なかった。同世代の青年のように、地域に帰属・連帯・共感の場を見つけることは不可能にあったＹさんにとって人事・他人事・絵空事としても、内面を代理描写した同世代の「うたことば」（歌詞）に出会ったことは、無理なく二者関係を作るゆとりとすきまをもたらしたと考える。

引きこもりにまつわる感覚の整理のつけにくかったＹさんにとって、こうした場が展開されたことは、閉塞しがちであった言葉の世界に、一つの出口を提供したと考える。

－おわりに－

「引きこもりの時代」より以前、青年は「おかしい！」という感覚を、一人言には収めきれず、手のひらを拳に変え疑問符を社会に訴え続けた。しかし、行動化によるせめぎあいの失敗により、苛立ちは心理・社会化されないまま、抱える環境を見失った。「立てこもりの時代」を支えた音楽は、一青年と社会をつなぐ生活歌（フォークソング）であった。しかし、歌は世につれ「共に歌う時代」から「独りなぐさめる時代」へと移行した。

筆者は引きこもる青少年の内面を抱える環境として「うたことば」を設定した。「うたことば」は、日本において平成・昭和より以前、万葉の昔より人生の哀歌を語りだす枕詞として、生活に根ざしてきた。現代の若者の静かな俳句ブーム・原宿のストリート・ポエムを垣間見る時、帰属言語を見失い「言葉探しの旅」に迷いこんだ、引きこもる青少年が自ら人生を語り出す、話し出す、歩き出す「枕ことば」の復興・再発見が筆者の臨床では問われている。「うたことば」は引きこもる青少年の「言葉探しの旅」に寄り添い、「言葉に群れる不安」に「ゆとり」と「すきま」をもたらす。筆者は「彼ら自身が彼ら自身を語り出す枕ことばを共に発見していくこと」が、気の置けるはなしことばへのきっかけになると考える。 　

稿を終えるにあたり、英文の構成にご協力いただいた、バーガー・ダグラス先生（医学博士）にお礼申し上げます。

資料（二つのうた）

「ことばはこころにおいつかない」

君は黙っているよ　そしてぼくも黙っている

黙り続けるよ　言葉じゃない話をする

沈黙も動いているんだ

だから二人は寄り添うよ

寄り添いながら　ながめてる

言葉は心に追いつかない

言葉が心に追いつかない

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「名前のない木」

島の娘

街の男

見上げて眠る

名前のない木

海は光り

そよぐ風に

水のうるむ

名前のない木

揺らす大人

遊ぶこども

枝の折れた

名前のない木

雨はふり

流れゆき

今はどこへ

名前のない木

いつか　だれか

けれど　ここで

いのちの芽を吹く

名前のない木

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-表- :訪問カウンセリングにおける言葉探しの指標 訪問カウンセリングにおける言葉探しの指標 ～引きこもる青少年の言葉～

１	ことばを	のみこむ	反芻
			暗示
			呪文
２	ひとりごと
３		つぶやく	演習
４		ささやく	助走
５	かきことば	かく
６	まねことば	まねる	同一化
７	はやりことば		帰属
８	うたことば	うたう	遊び
９		かたる	告白
10	はなしことば	はなす	関わり
11	いきることば		自己一致

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&nbsp

-図- 引きこもる青少年の 「うたことば」と「はなしことば」

「はなしことば」
		↗			↘
「向き合う→振り返る→整理する」				「決める→片付ける→責任をとる」
↑				↓
「近づく」				「遠ざかる」
↑				↓
「落ち着く」				「引きこもる」
↑				↓
「分かる」				「のむ」
↑				↓
「象（模）る」				「つぶやく」
↖				↙
「うたことば」